2009年07月02日
朝から泣いてしまった。
良いお話だ〜!以下社長の独り言メールマガジンより
転載させていただきました。
〜「モンロビア行きの列車」〜
終戦から間もない頃、ニューヨークに一人の女子留学生がいました。
体調が思わしくないので診療所で診察してもらうと、重度の結核で
早く入院しないと命が危ない状態でした。
そして、設備が整っているロサンジェルス近郊のモンロビアの病院に
行くように言われたのです。
しかし当時、ニューヨークからロスまでは大陸横断鉄道で5日間
かかります。
彼女はそんな長距離を旅するお金なんかありませんでした。
でも死ぬよりはましだと、彼女は恥をしのんで事情を留学生仲間に
打ち明けとところ、友人達は快く列車代をカンパしてくれました。
しかし、食料も5日分必要なのにやっと集められたのが3日分でした。
3日目の夕方、とうとう食べるものが無くなり、最後のお金で
車掌さんにジュースを頼みます。
車掌さんは彼女が重病である事に気づき
「ジュースは私のおごり」
だと彼女に渡します。
翌日、これは食堂車からのプレゼントだと言って
「サンドイッチとジュース」
を彼女の為に持ってきてくれました。
それだけではありません。
鉄道省の本部に電報を打って、彼女の為に停まる筈のないモンロビアに
停車するように、必死に懇願しました。その熱意が通じました。
4日目の夕方、車内放送で
「明日の朝、停まるのはロサンジェルスではありません。
重病の日本人の留学生の為にモンロビアに臨時停車します」
と放送されると車内中が歓声に沸いたそうです。
翌朝、モンロビアに着くと、そこには既に車椅子を用意した数人の
看護士さんが待機していました。
そして後ろを振り返ると、窓という窓が開けられて、乗客が身を
乗り出して何かを投げています。
それは何かというとドル紙幣に名刺やメモを巻きつけたものでした。
「少ないけど何かの足しにしなさい」
「困った事があったら、私を頼って来なさい」
「あなたが早く良くなるようにこの列車の全員が祈っているから大丈夫だ」
という暖かい言葉とともにそれが舞って来ました。
彼女はすぐ近くに止まっているはずの列車が、もう涙で見えなくなって
しまいました。
それから彼女はすぐ治療を受けましたが、退院まで3年間かかりました。
その間、毎週のように見舞い客が来てくれましたが、それもあのときの
列車の乗客でした。
そして、3年間の入院を終えて莫大な入院費を払おうとしたら、
すでに匿名でお金持ちの人がすべて支払ったあとだったのです。
*-----------------------------------------------------------------*
これはアメリカで本当にあった実話だそうです。
終戦直後だったので日本人に恨みをもっていた人もいたかもしれません。
でも人種を超えて、人として、なんとかあの女性を助けたい、
自分にできることをしてやりたいと、車掌を始め多くの人が手をさしのべて
くれたのです。
以上
転載させていただきました。
〜「モンロビア行きの列車」〜
終戦から間もない頃、ニューヨークに一人の女子留学生がいました。
体調が思わしくないので診療所で診察してもらうと、重度の結核で
早く入院しないと命が危ない状態でした。
そして、設備が整っているロサンジェルス近郊のモンロビアの病院に
行くように言われたのです。
しかし当時、ニューヨークからロスまでは大陸横断鉄道で5日間
かかります。
彼女はそんな長距離を旅するお金なんかありませんでした。
でも死ぬよりはましだと、彼女は恥をしのんで事情を留学生仲間に
打ち明けとところ、友人達は快く列車代をカンパしてくれました。
しかし、食料も5日分必要なのにやっと集められたのが3日分でした。
3日目の夕方、とうとう食べるものが無くなり、最後のお金で
車掌さんにジュースを頼みます。
車掌さんは彼女が重病である事に気づき
「ジュースは私のおごり」
だと彼女に渡します。
翌日、これは食堂車からのプレゼントだと言って
「サンドイッチとジュース」
を彼女の為に持ってきてくれました。
それだけではありません。
鉄道省の本部に電報を打って、彼女の為に停まる筈のないモンロビアに
停車するように、必死に懇願しました。その熱意が通じました。
4日目の夕方、車内放送で
「明日の朝、停まるのはロサンジェルスではありません。
重病の日本人の留学生の為にモンロビアに臨時停車します」
と放送されると車内中が歓声に沸いたそうです。
翌朝、モンロビアに着くと、そこには既に車椅子を用意した数人の
看護士さんが待機していました。
そして後ろを振り返ると、窓という窓が開けられて、乗客が身を
乗り出して何かを投げています。
それは何かというとドル紙幣に名刺やメモを巻きつけたものでした。
「少ないけど何かの足しにしなさい」
「困った事があったら、私を頼って来なさい」
「あなたが早く良くなるようにこの列車の全員が祈っているから大丈夫だ」
という暖かい言葉とともにそれが舞って来ました。
彼女はすぐ近くに止まっているはずの列車が、もう涙で見えなくなって
しまいました。
それから彼女はすぐ治療を受けましたが、退院まで3年間かかりました。
その間、毎週のように見舞い客が来てくれましたが、それもあのときの
列車の乗客でした。
そして、3年間の入院を終えて莫大な入院費を払おうとしたら、
すでに匿名でお金持ちの人がすべて支払ったあとだったのです。
*-----------------------------------------------------------------*
これはアメリカで本当にあった実話だそうです。
終戦直後だったので日本人に恨みをもっていた人もいたかもしれません。
でも人種を超えて、人として、なんとかあの女性を助けたい、
自分にできることをしてやりたいと、車掌を始め多くの人が手をさしのべて
くれたのです。
以上
2009年07月01日
新メンバー入りました&6月売上報告。
職人.com売上 5,516,553
目標が600万だったので達成率92%。
途中まで100%超えだったんだが、残念!
今日から新しいメンバーが一人加わりました!!
土師くんです(^-^)
アメリカの大学を卒業したばかりで
ラジオカフェのボランティアスタッフとして
1ヶ月働いていたところ時岡さんに連れられて
うちの飲み会に来てくれました。
そこでは普通にしゃべってただけなのですが、
そのあと会いに来てくれて
スタバで色々と相談に乗ってたところ
僕が自分の会社の夢を語りまくってて
知らぬ間に巻き込まれたという感じです(笑)
今日初出勤日だったのですが
頭を坊主にしてきました!
気合いを入れるためということだそうで。
とりあえず今横山から受注の引継ぎ中。
将来的には絶対に作りたい貿易会社の担当に
なってもらおうと考えてます。本人もそのつもり。
で、僕が一人でコソコソやってる飲食(笑)
どうなることやら!?
来年中には3つの柱で運営していき安定させたいと思います!
目標が600万だったので達成率92%。
途中まで100%超えだったんだが、残念!
今日から新しいメンバーが一人加わりました!!
土師くんです(^-^)
アメリカの大学を卒業したばかりで
ラジオカフェのボランティアスタッフとして
1ヶ月働いていたところ時岡さんに連れられて
うちの飲み会に来てくれました。
そこでは普通にしゃべってただけなのですが、
そのあと会いに来てくれて
スタバで色々と相談に乗ってたところ
僕が自分の会社の夢を語りまくってて
知らぬ間に巻き込まれたという感じです(笑)
今日初出勤日だったのですが
頭を坊主にしてきました!
気合いを入れるためということだそうで。
とりあえず今横山から受注の引継ぎ中。
将来的には絶対に作りたい貿易会社の担当に
なってもらおうと考えてます。本人もそのつもり。
で、僕が一人でコソコソやってる飲食(笑)
どうなることやら!?
来年中には3つの柱で運営していき安定させたいと思います!












