2007年08月12日
「道は開ける デールカーネギー」を読みながら 私的メモ
感謝など期待しないでおこう。
そうすれば、たまたまほんの少し
感謝されただけでも望外の喜びというものだ。
また感謝されなくても、別にイライラすることもない。
人間は生まれつき感謝を忘れやすくできている。
だから絶えず感謝を期待していることは、自ら進んで心痛を求めていることになる。
非難を伝えても感謝されない。
感謝されなければ、世の中を動かすことはできない。
そして、自分のミッションを達成できない。
昔から人類が尊敬をささげてきたのは、
自分の敵に対して何の悪意も持たないキリストのような人であった。
自分の敵を許し、忘れてしまう確実な方法は
自分自身よりも限りなく大きな主義主張に
夢中になることだ。
アメリカ政府の悪や日本の戦争の悪や
今までの恩知らずな人の悪を
いくら説いても誰も得しないし、むしろ毒素を
それを欲しがっていない人に対してバラまいているのと同じである。
そう、歩きタバコをするのと同じように
朝の新鮮な空気を汚しているのと同じこと。
あえてその役目を自分がする必要はないのだ。
自分はもっともっと輝かしい存在なのだから。
もっと人から愛される存在なのだから。
かつてあっただろう。
みんなから愛され、自分自身を愛していた時期が。
そのときを思い出し、また戻ればいいじゃないか。
きっと世界は驚くほど変わっていくだろう。
問題意識を持つことと、誰かに憎悪を持つこととは
似て全く非なるものである。
問題意識を憎悪に転換すれば、
神様から与えられたプレゼントをもっとも安易な方法で
解消していることになる。
もっともっと良い方法で
問題を変えよう。
そう自分自身への影響をどう変えるかよりも
その問題の当事者、そしてその問題をどのように
解決するかに集中しよう。
「理想人は他人に好意を施すことから喜びを得る」アリストテレス
幸福を発見したいと願うなら、感謝とか恩知らずなどと考えずに、
与えるという内面の喜びのために与えるべきである。